「宗教に関心があり、あらゆる宗教書を読み込んだ。5年前に、インターネットで相愛大学名誉教授の紅楳英顕さんの英訳ホームページを見つけ『これだ』と思った」と振り返る。
と書かれていましたのが、私は大変嬉しく思います。私のホームページ http://e-kobai424.sakura.ne.jp/
に入れてあるのは『浄土真宗がわかる本』(教育新潮社) http://web.mit.edu/stclair/…/Understanding_Jodo_Shinshu.html
『続・浄土真宗がわかる本―親鸞聖人と蓮如上人ー』http://web.mit.edu/stclair/www/Rennyo-Kobai.html
『真実の救いの世界―親鸞聖人の教えと生涯―』(探究社)http://web.mit.edu/stclair/www/Salvation_Kobai.html
等であります。
内容は私がかねて述べています信心正因称名報恩義は親鸞聖人の正意であり、蓮如上人は親鸞聖人の意を正しく継承した人であると言うことを論じたものであります。
(最近書きました「浄土真宗における回心について」http://e-kobai424.sakura.ne.jp/jhodoconversion.html
も御一見頂ければ幸甚です。)
何度も述べたことでありますが、今や教団の教学責任担当者までが、信心不決定(未決定)者の集団と成り果て、ただ空しく口舌を動かすだけの念仏が他力回向の念仏であるように思い込み、信前(自力)、信後(他力)の念仏の違いも分からず、宗制教義に定められた信心正因称名報恩義が親鸞聖人の正意であることすら分からない有様であります。その上アメリカ真宗教団(BCA)では座禅や自力念仏が横行し、浄土真宗の正しい教えが歪められているようであります。
http://www.seattlebetsuin.com/JodoShi…/OrdinaryStruggles.pdf
http://lotusinthemud.typepad.com/…/the-buddha-of-infinite-l…
このような状況のなかでガブリエル・シュレイファー(Gabriel Schlaefer)さんのように、真摯に正しく浄土真宗を学ぼうとする若い人(アメリカ、カリフォルニア大学からの留学生。横浜国立大学で国際ビジネス学専攻。27歳)が、アメリカに出て来られたことを、私は大変嬉しく有難く思います。
このままでは信心不在化が益々進み、衰微の一途を辿るのみではなかろうかと懸念されます教団の、希望の光となることを大いに期待する次第であります。合掌。 (2016年4月10)。
上記に対する Face book の反応。
(D氏)Namuamidabu
(G氏)南無阿弥陀仏
I hope that the correct teaching of Jodo Shinshu spreads throughout the world. Gassho
(紅楳)Thank you. I am very glad your decision. Gassho.
第十三回仏教漢詩の会が催されました。(2016年5月23日)。 私は下の二句(讃大瀛師、<大瀛師を讃ず>。 憶迎後期高齢、<後期高齢を迎うるに憶う。)の二句を述べました。
讃大瀛師 紅楳英顕
大瀛錍彈帰命弁 大瀛(だいえい) 帰命弁(きみょうべん)①を錍彈 (へいだん)す。
雖破一念覚知論 一念覚知論(いちねんかくちろん)②を破(す)と雖(いえど)も
懇糺十劫秘事過 懇(ねんご)ろに 十劫秘事(じっこうひじ)③の 過(あやまち)を糺(ただ)す。
悲哉此謬今殊繁 悲(かな)しき哉(かな)、此(こ)の謬(あや ま)り、今(いま)殊(こと)に繁(しげ)し。
近年悉喪真実義 近年(きんねん)悉(ことごと)く 真実義(しんじつじぎ)が喪(そう)せり。
混乱安心行儀門 安心(あんじん)④行儀(ぎょうぎ)⑤の門(もん)を混乱(こんらん)す。
智洞頑執三業頼 智洞(ちどう)⑥は、頑(かたく)なに、三業頼(さんごうだのみ)⑦に執(しゅう)じ 、
廓亮静述唯信言 廓亮(かくりょう)⑧は、静(しずか)に、唯信(ゆいしん)の言(ごん)を述(の)ぶ。
註 ① 功存著『願生帰命弁』。 ②信心を得た日時の記憶がなければならないとする義。 ③十劫の昔に往生が定まっているとする義。無帰命安心。④信心のこと。往生の正因。⑤信後の倫理、実践。⑥功存の弟子、七代能化。⑦三業(身業、口業、意業)帰命のこと。⑧大瀛のこと。
<意訳>
大瀛は『横超直道金剛錍』で功存の『願生帰命弁』を錍彈しました(矢を放ちてうちました)。
一念覚知論を論破しましたが、それだけでなく十劫秘事の誤りをもただしました。(大瀛は、十劫正覚の初めに衆生往生の法門は成就するのであるが、衆生の往生が治定<決定>するのは信心決定のときである、と述べています。)
悲しいことに、この十劫秘事の誤りは現代多く見受けられます。
近年、真実の浄土真宗の教えが、ことごとく失われております。(称名報恩義否定説をも含む。)
往生の正因である信心と、信後の倫理、実践の問題とが混同しています。
往生の信心と 信後の倫理、実践を混同し、頑なに三業の帰命を主張した智洞に対し、大瀛(廓亮)は静かに唯心正因義を述べました。
2016年3月2日。
大瀛は『横超直道金剛錍』で獲信時の年月日時の覚えがなければならないとする義(一念覚知説)を破したのですが、弥陀成仏の十劫の昔に既に往生が定まっているとする十劫秘事(十劫安心、無帰命安心)も間違いとしたのであります。このことは大変重要なことと思われます。(現行の『新編安心論題綱要』<2002年10月15日発行、勧学寮編集>では、十劫安心は、現在では必要度が薄れたとして省かれている。)同様に『新編安心論題綱要』ではそれまで「信疑決判」の中にありました自力念仏を否定する「信疑得失」の項が削除されています。このことも勧学寮が念仏の信前(カラ念仏、自力念仏)、信後(他力念仏、報恩念仏)の違いが分からなくなってしまっていることを示すものであります。、報恩念仏否定が 親鸞聖人の御意に異なる大変な間違いであることが分からず、宗制宗法違反者となっているのも至極当然のことと言えるでありましょう。
それから信心の社会性。公共性が昨今よく取り上げられますが、浄土真宗の信心は往生の正因であり、涅槃の真因であります。社会性、公共性は信後(信のうえ)での実践行(行儀門)として考えねばならないことであります。安心門(信心)と行儀門とが混同しては浄土真宗とは言えないと思います。
憶迎後期高齢 紅楳英顕
真宗学道五十年 真宗学道五十年 (しんしゅうがくどうごじゅうねん)
今幸得乗大悲船 今(いま)幸(さいわい)に、大悲(だいひ)の船(ふね)に乗(じょう)ずることを得(う)。
二尊恩徳誠難謝 二尊(にそん)の恩徳(おんどく)、誠(まこと)に謝(しゃ)し難(がた)し。
残生精進法広宣 残生(ざんしょう)も、法(ほう)の広宣(こうせん)に精進(しょうじん)せん。
<意訳>
真宗学の道、五十(余)年。 今幸いに大悲の願船に乗った身にならせて頂いております。 弥陀、釈迦二尊の恩徳の深いことは、誠に謝し難いものであります。
残りの人生も、正法(浄土真宗の教え)を広く宣べ伝えることに精進したいと思っています。
2016年4月24日
御陰様で私も後期高齢者(満75歳)の歳を迎えることが出来ました。有り難く思います。考えてみれば両親はじめ多くの人達に大変御世話になり、今日に至りました。
しかし私にとって一番大きな出来事は「今幸得乗大悲船」であったと思います。
最近の論文「浄土真宗における回心について」 http://e-kobai424.sakura.ne.jp/jhodoconversion.html に述べましたましたように、信心決定の自覚はあるものと考えます。(因みに私の回心<入信>については「今想うこと」、「第六回佛教漢詩の会,2014年)5月5日」に述べた。)。
信心正因称名報恩義批判問題の折、当時の勧学寮頭は信楽氏に対しては「異義断定保留、今後の教学活動を見守る」(昭和56年<1981年>年3月)、岡氏に対しては「疑義断定保留、今後の教学活動を見守る」(昭和56年<1981年>10月)とし、具体的には何もしなかったのでありますが、その勧学寮頭は翌年、昭和57年<1982年>7月発行(探究社)の『信心について』(p、46)に
庄松同行に「お前信心いただいておるか」ときいたら「わたしに聞いてもわかりません。聞くところが違いますよ。阿弥陀様に聞いてください」と申したと伝えられております。」
と述べています。実はこれは大変な誤りなのであります。この話は庄松同行の語録である『庄松ありのままの記』 に出ている興正派の御門主と庄松同行との問答の内容です 。そこには
御法主「敬うてくれる人は沢山あれど、後生の意見をしてくれるものは汝一人じゃ、よく意見をしてくれた、併し汝は信を頂いたか」、庄松「ヘエ頂きました」、御法主「その得られた相を一言申せ」、庄松「なんともない」、御法主「それで後生の覚悟はよいか」、庄松「それは阿弥陀さまに聞いたら早うわかる、我の仕事じゃなし、我に聞いたとて分かるものか。」(『庄松ありのままの記』清水順保著、永田文昌堂、昭和36年4月、p、47)。
とあるのです。 ご覧頂けば明らかなように『庄松ありのままの記』には、御門主の 「 汝は信を頂いたか」、の問に庄松同行は「ヘエ頂きました」と答えているのです。信心を頂いた(決定した)ことをはっきり述べているのであります。 その後の 「それは阿弥陀さまに聞いたら早うわかる、我の仕事じゃなし、我に聞いたとて分かるものか。」とある言葉は信心を頂いた(信心決定した)自覚の後の言葉なのであります。この信心決定の自覚はないものと思い込んだ誤った考えは、その後の教学の責任担当者にも受け継がれ、『開かれた信心と閉じられた信心』(2005年<平成17年>6月発行、永田文昌堂、p、77)には、庄松同行について
彼は門主の部屋に呼び出され、逆にに門主の側から「貴兄の覚悟はいかに」と反問されたのである。その時、彼は即座に「オレのことは知らん、アレに聞け」と云ってご本尊を指したという。
とあります。ここもはっきりと庄松同行の「ヘエ頂きました」とある語が削除されているのであります。
このことは前にも述べましたように、現勧学寮頭にも受け継がれています。講演録に<讃岐の庄松が、「お前の救いはどうなっているんだ」と興正派のご門主から聞かれたときに、「わしの救いのことは知らん、あれに聞け」と阿弥陀様を指差したという。>とあります。
信心決定の自覚はないものと思い込んでいる人は「若存若亡心」・「不淳心」(あるときには往生してんずとおもひ、あるときには往生はえせじとおもふを若存若亡といふなり。『浄土真宗典』<註釈版p、587>)の人であり、信心不決定(未決定)の人なのであります。抑も、このような人達に正しい信心の指導や教諭ができるはずはないのであります。前にも述べましたが、信楽、岡問題について異義断定保留、疑義断定保留、今後の両者の教学活動を見守るとして、何もされなかった
昭和56年(1981年)以降、教団の信心不在体質が急速に進んだように思われます。合掌。
(2016年5月25日)
上記に対するFace bookの反応
(M氏) 大瀛師 Namo
続前(5月25日)
有り難うございます。信心正因称名報恩義は本願寺派宗制教義に、昭和16年(1941年)以来定められてきたものであります。それについて反対したのが、当時(昭和46年<1971年>)龍大真宗学若手教員を中心とした教団改革運動
が行われていたのですが、その代表者であった信楽氏、岡氏でありました。
私はこの二人が浄土真宗の救済体験のない信心不決定(未決定)の人であると分かっていました。信前念仏(カラ念仏、自力念仏)と信後念仏(他力念仏、報恩念仏)の違いの分からない人だということも分かっていました。それで書きましたのが「 宗祖における信心と念仏」〈龍谷教学十三、昭和五十三<1978年>年六月〉 http://e-kobai424.sakura.ne.jp/syusoniokeru.html
で あります・(岡氏の所論に関連して疑無明、痴無明について「親鸞における疑蓋无雑について」、印度学仏教学研究26の1、昭和52年<1977年>
12月、を発表しています。尚、岡氏には「一宗学徒の惑い」<真宗学第41、42合併号、昭和45年・1970...年>がありますが、この論文は当時の龍大真宗学の無信心体質を象徴するものであると思われます。)
岡氏は『宗教12月特大号、特集、真宗安心の問題、大原性実和上の生涯』(教育新潮社、昭和54年、p、94以下)に述べています。信楽氏、岡氏に対して「異義断定保留、疑義断定保留。今後の教学活動見守る。」として何もしなかった勧学寮頭の、一つ前の、その時勧学寮頭であった大原性実師が、岡氏を自宅に呼び「道を間違えている以上、自分は勧学寮頭として君たちをさばかねばならない。そう言って、私の手を握られた。申しわけありませんと言う言葉さえ発することができず、ただ黙しておいとまをこうた。」(p、99)と岡氏自身が記しています。文中の「君たち」とは信楽氏、岡氏の事でありますが、この時から間もなく大原師は急逝されたのであります。(昭和54<1979>年4月)。しかし両氏を裁くつもりであったことは間違いないと思われます。
(続②近年の本願寺派教学に想う。 http://e-kobai424.sakura.ne.jp/zoku2.html 2015年4月5日 記 参照。)
所が前記(5月25日)に述べましたように、昭和56年<1981年>に 信楽氏、岡氏に対して「異義断定保留、疑義断定保留。今後の教学活動見守る。」として何もしなかった当時の勧学寮頭が信心決定の人であったかどうかは甚だ疑問なのであります。(これについては、「近年の本願寺派教学に想う」、 http://e-kobai424.sakura.ne.jp/kinnnenn.htm でも述べました。同様に現寮頭についても述べています。)
この勧学寮頭は翌年、昭和57年<1982年>7月発行(探究社)の『信心について』(p、46)に
庄松同行に「お前信心いただいておるか」ときいたら「わたしに聞いてもわかりません。聞くところが違いますよ。阿弥陀様に聞いてください」と申したと伝えられております。
と述べていますが、これは不注意であったということでは断じて済まされないことであります。5月25日に記しましたように庄松同行は「ヘエ頂きました」とはっきり述べているのであります。もしこのことを知らなかったならば、勧学寮頭として余りにも知識不足ということになります。恐らく信心とはあるのかないのか分からないものと思い込んでいた信心不決定(未決定)の「若存若亡」の人に相当する人であったと思われます。同様にある教学責任担当者が 、『開かれた信心と閉じられた信心』(2005年<平成17年>6月発行、永田文昌堂、p、77)に
彼は門主の部屋に呼び出され、逆にに門主の側から「貴兄の覚悟はいかに」と反問されたのである。その時、彼は即座に「オレのことは知らん、アレに聞け」と云ってご本尊を指したという。
と述べていますが、これも全く同様のことが言えると思います。もしかして故意に庄松同行の「ヘエ頂きました」とある言葉を削除したのであるのなら、もっと悪いことになると思います。
それから現勧学寮頭もこの間違った考えに、全くの賛同者、継承者であります。(続②近年の本願寺派教学に想う http://e-kobai424.sakura.ne.jp/zoku2.html 参照 2015年6月30日記 以降。) 講演録 http://e-kobai424.sakura.ne.jp/kouenroku.html には <讃岐の庄松が、「お前の救いはどうなっているんだ」と興正派のご門主から聞かれたときに、「わしの救いのことは知らん、あれに聞け」と阿弥陀様を指差したという。>とあります。(この講演録はネットに出ていたのですが、何故か今は削除されています。)
はじめに述べましたように、信心正因称名報恩義が本願寺派宗制教義に定められたのが昭和16年(!941年)のことでありました。本願寺派教団に所属する者は当然のことながら遵守義務があり、教学、行政の責任者にはそれに遵守させる義務があると思います。しかも 本願寺派の新たな始まりとして制定された新宗制、新宗法が施行されて(平成24年4月1日施行)、周知のように、宗制 第三章 教義に
信心は、阿弥陀如来の大智大悲の徳を具えた名号をいただくことであるから、往生の正因となる。信心決定の上は、報恩感謝の思いから、仏徳を讃嘆する称名念仏を相続する。これを信心正因、称名報恩というのである。
と定められており、 宗法第59条3に、新たに
3,勧学寮は、宗制に定める教義に相異する義を主張した者に対し、教諭する。
と定められたのであります。
にも拘わらず、信心正因称名報恩義に反対している者に、何もなされることはなく、宗教教団の生命であるはずの教義信心に関する宗制宗法が公然と無視された有様であります。これは行政担当にも責任はあることですが、篤信者である庄松同行の語録の意味が理解できないだけでなく、不都合な箇所は平然と削除して素知らぬ顔をするような、信心不決定(未決定)に加えて、不誠実と言える教学責任者の体質を、早急に改善しなければ、教団の将来はないように思います。
200余年前の三業惑乱の比ではないと私には思えます。
要するに 蓮如上人が言われますように 「 信もなくて、人に信をとられよとられよ と申すは、われはものをもたずしてひとにものをとらすべきというの心なり 、人承引あるべからず。」(『浄土真宗聖典(注釈版』)P、1261)であります。教学責任担当が信心不決定(未決定)者の集団であっては教団の振興発展の可能性は皆無であるような気がします。 合掌。
(2016年5月28日)
上記に対する Face book の反応。
(Y氏)が 続②近年の本願寺派教学に想う http://e-kobai424.sakura.ne.jp/zoku2.html をシェアしました。
有り難うございました。今年5月28日の続前(25日)に記しましたように、大原性実勧学尞頭は信心正因称名報恩義に反対する信楽氏岡氏を裁くつもりでありました。
所が次の勧学寮頭は両氏について、異義疑義断定保留として何もしなかったのです。
しかもこの勧学寮頭は庄松同行の語録の意味の分からない、信心不決定(未決定)と思わざるを得ない人でありました。庄松同行の語録の意味の分からない教学責任担当者は後も続き、中には庄松同行の語録を改竄、断章する人もいたのであります。現勧学寮頭もこの人達と同類の人であります。しかもこの度、宗法に信心正因称名報恩義反対者に対し教諭義務が定められながら(2012年<平成24年>4月)、何もしなかったのでありますから、責任は極めて重いと思います。
私は当時の勧学寮頭が信楽、岡氏に異義、疑義断定保留とした時(1981年<昭和56年>)から、教団の信心不在現象が急速に進んだと思っています。
これらに関しましてはシェアして頂きました続②近年の本願寺派教学に想う。 http://e-kobai424.sakura.ne.jp/zoku2.h...tml
にも述べた事でありますが、このように教学の責任担当者が信心不決定(未決定)者の集団と成り果てているのが教団の現状であります。このようなことで教団の僧侶や御門徒に正しい教えを伝えていく事が出来るのでしょうか。教団の振興発展を期待する事ができるのでしょうか。
教団全体の僧侶、御門徒の皆さん全員で、よくよく御考慮頂きたく思う次第であります。合掌。
(Y氏) 南无阿彌陀佛 (2016年5月31日)
私は今月の8月23日から26日までベルギーのアントワープで開催されるヨーロッパ真宗会議(European Shinshu Conference)に参加します。
総合テーマは「私の日常生活の中の念仏の意味」(The meaning of Nembutsu in my Daily life)です。
私は「浄土真宗における真実の念仏」(The true Nembutsu in Jodo Shinsyu)と題して発表します。
漢詩が浮かびましたので記します。
今憶事 今憶う事
...
信因称報是真燈 信因称報(しんいんしょうほう)は 是 (こ)れ真燈(しんとう)なり。
開山中宗所伝承 開山(かいさん)中宗(ちゅうしゅう)① 伝承(でんしょう)する所(ところ)なり。
今当正法衰微砌 今(いま)当(まさ)に 正法(しょうぼう)衰微(すいび)の砌(みぎり)。
奮起祖師遺弟朋 奮起(ふんき)せよ。 祖師(そし)の遺弟(ゆいてい)の朋(ほう)。
我行西欧葉月末 我(われ)葉月(はづき)の末(すえ)に
西欧(さいおう)②に行(い)く。
異郷縁友相親興 異郷(いきょう)の縁友(えんう)と相(あい)親(した)しみ興(こう)ず。
雖違言語諸習俗 言語(ごんご)諸習俗(しょしゅうぞく)は 違(い)すと雖(いえど)も、
共談大悲弘誓乗 共(とも)に談(だん)ぜん、大悲(だいひ)弘誓(ぐせい)の乗(じょう)③。
註 ①蓮如上人のこと。山科別院では「ちゅうそ」と読んでいる。②ベルギーのアントワープ。③乗り物、教えのこと。
<意訳>
信心正因称名報恩義は真(まこと)の教えの燈(ともしび)であります。
開山(親鸞聖人)、中宗(蓮如上人)はこれを伝承されました。
今はまさに、正法(まことの教え)が衰微しつつある時であります。
親鸞聖人の御流れを頂く我々は、奮起して正法宣布に勤めねばならないと思います。
私は8月末にベルギーのアントワープに行って来ます。
外国の法の友と相い親しく興ずるつもりであります。
言葉や習慣は違う人達ではありますが、
共に浄土真宗の教え(大悲弘誓乗)を談じ合いた
いと思います。 以上。
親鸞聖人、蓮如上人は阿弥陀仏の救いは現世からであることを強調されました。
信心正因称名報恩義は親鸞聖人、蓮如上人の説かれた救いが現世からであることを、明確に示した正しい念仏の教えであります。
浄土真宗の教えが国内のみならず、世界の多くの人々の、大きな救いになることを念願する次第であります。 合掌。
(2016年8月12日)
ベルギーのアントワープで開催されましたヨーロッパ真宗会議(European Shinshu Conference)に参加し、「浄土真宗における真実の念仏について」(About the true Nembutsu in Jodo Shinsyu)http://e-kobai424.sakura.ne.jp/truenen.html 、<日本語訳 http://e-kobai424.sakura.ne.jp/truenenwa.html > と題して8月23日に発表しました。
帰国したのは8月28日の夕方でありました。一句浮かびましたので記します。
憶帰国事 帰国に憶う事
...
我述真宗念仏論 我真宗念仏論を述ぶ。
詳説信後報恩門 信後の報恩門を詳説す。
雖異民族国地域 民族、国、地域を異にすと雖も、
光明普照群生昏 光明は普く群生の昏(やみ)を照らす。
<意訳>
私は浄土真宗の念仏について述べました。
信後の報恩念仏について詳しく説明し、これが浄土真宗の真の念仏であると語りました。
集まった人々は、民族、国、地域を異にはしますが、弥陀の光明は世界の人々を普く照らし、救うのであると深く感じました。合掌。
2016年9月14日 (2016年9月14日)
上記に対するFace Book の反応。
先日(10月1日)伝灯奉告法要の初日に参拝させて頂きました。一句浮かびましたので記します。
憶伝灯奉告法要 伝灯奉告法要に憶う。
紅楳英顕
...
信因称報真宗要 信因称報は真宗の要(かなめ)なり。
開山蓮師所述明 開山(親鸞聖人)、蓮師(蓮如上人)述明する所なり。
悲哉教乱信消滅 悲しき哉、教は乱れ、信は消滅す。
当願正法復興成 当(まさ)に願うべし。正法①復興の成ずることを。
註①浄土真宗の教えのこと。
<意訳>
信因称報(信心正因称名報恩)は 浄土真宗の教えの要(かなめ)である。
開山(親鸞聖人)、蓮師(蓮如上人)ともに述べ明かされたものである。
悲しことである。今は教えは乱れ。信心は消滅状態である。
当(まさ)に願うべきことである。浄土真宗の教えの復興が現実と成ることを。
2016年10月6日 (2016年10月6日)
上記についての Face book の反応、
(Y氏)
南無阿弥陀仏。